研究概要
楊井研究室では最終的な実用化や社会課題解決を明確に見据え、
そのためのオリジナルな材料開発に基づく機能創出に取り組んでいます。
主に以下の3つのテーマについて研究を行っており、「分子」と「光」が共通する
キーワードです。これらのトピックをカバーする研究室は世界にも例がありません。
各テーマ間の融合によりこれまでにない境界領域研究を生み出し、
「自分たちにしか出来ない発見」を目指しています。
楊井研究室では最終的な実用化や
社会課題解決を明確に見据え、
そのためのオリジナルな材料開発に基づく
機能創出に取り組んでいます。
主に以下の3つのテーマについて研究を
行っており、「分子」と「光」が共通する
キーワードです。
これらのトピックをカバーする研究室は
世界にも例がありません。
各テーマ間の融合によりこれまでにない
境界領域研究を生み出し、
「自分たちにしか出来ない発見」を
目指しています。
分子と量子の融合領域を切り拓く

分子と光でNMR・MRIを高感度化

分子の力で光エネルギ―を有効利用

量子センシング・制御

現在は第二次量子革命の真っ只中です。量子コンピュータ、量子通信、量子暗号などが盛んに研究されています。「量子の時代において、化学が果たすべき役割は何か?」という問いに対する我々なりの答えをこれから見出していきたいと考えています。
その答えのヒントを、我々は量子と生命の接点に見出しています。量子現象はクリーンでドライな環境で初めて機能するものが多い一方で、生命現象は夾雑でウェットな環境です。量子技術を生命現象に適用することでこれまでにない精度で生命現象を理解したり制御したりすることが期待されますが、それは容易ではありません。そこで化学の出番だと我々は考えています。化学の力で望みの量子の性質を分子に付与し、生命現象の解明・制御に活用できる、つまり「量子と生命を化学で繋ぐ」ことが可能であると考えます。ここに化学としても新たな活躍の場が生まれ、化学の新たな領域が生まれることを期待しています。この新たな異分野融合分野を我々は「量子生命化学 (Quantum-Bio-Chemistr)」と呼んでいます。

1. Molecular Quantum Nanosensor (MoQN)
ペンタセンをドープしたパラターフェニル結晶における室温での光検出磁気共鳴(ODMR)を報告したSam BaylissグループおよびAhok Ajoyグループの論文を読んだ際、楊井教授はすぐに「これをナノ結晶にすれば、分子を用いて細胞内での量子センシングを世界で初めて実証できる」という着想を得ました。これは、我々のグループが以前の研究において、別の目的(トリプレット超核偏極)のためにすでにこの材料のナノ結晶を開発していたためです(PCCP掲載の第一報; JACS掲載の第二報)。そこで楊井教授はこのアイデアをダイヤモンドのNVセンターを用いた量子センシングの専門家である石綿博士に提案し、共同研究により生細胞内での量子センシングに向けたMoQNの概念実証に成功しました。これまでに多くの分子量子ビットが開発されてきたものの、生細胞内でのセンシング能力を実証した例は存在しませんでした。これには材料科学の専門知識、具体的には材料をナノスケールまで微細化し、生体適合性を確保する能力が必要でしたが、我々は以前の研究から既にこれらの能力を有していたため、この大きなハードルを乗り越えることができました。
本研究は、「制御性」と「均一性」という分子特性が、量子センシングにおいて大きな利点をもたらすことを実証しています。
ペンタセンは複数の水素原子を有するため、電子スピンとの超微細相互作用によりODMRスペクトルが複雑になります。しかし、ペンタセンを重水素化することで、分子の高い調整性を効果的に活用し、この問題を解決することができました。
従来、細胞内量子センシングに主に用いられてきたナノダイヤモンドは、構造の不均一性によりODMRピーク位置が分散するため、細胞内の温度を正確に測定することが困難でした。これに対し、MoQNはより均一な構造を有しており、ODMRピーク位置の分散が最小限に抑えられるため、生きた細胞内の絶対温度を測定することが初めて可能となった。
分子の魅力はその多様性にあります。構造を様々な方法で改変することで、より優れたMoQNが開発され、生物現象の解明や疾患の診断に寄与する量子技術が生まれることが期待されます。

【これまでの研究例】
MoQN functioning in living cells:Science Adv. 2026, 12, eaeb5422.
2. Quantum Noseコンセプト: MOF × 分子性量子ビット = ケミカル量子センシング
分子からなる量子ビットは構造が小さく、精密に制御できるという利点があります。分子性量子ビットを用いていかに量子センシングを実現するか、という取り組みはまさに黎明期にあります。我々はナノ細孔を有するMOFに分子性量子ビットを組み込むことで、化学的刺激に応答しうる量子コヒーレンスを提案しています。様々な構造のMOFと量子ビットを組み合わせることで、特定の化学種を超高感度でセンシングする “Quantum Nose” の実現を目指します。
【これまでの研究例】
クインテットの量子コヒーレンスの室温初観測:Science Adv., 2024, 10, eadi3147.
化学的刺激に応答するトリプレットの量子コヒーレンス:Nature Commun., 2024, 15, 7622.
光捕集スピン超偏極:J. Am. Chem. Soc. 2025, 147, 4365–4374.
極めて長い緩和時間を有するラジカル:J. Am. Chem. Soc., 2023, 145, 27650–27656.
化学的刺激に応答するラジカルの量子コヒーレンス:Chem. Commun., 2024, 60, 6130-6133.
3. 新規量子ビットの開発
分子に量子的性質を与える方法の一つとして、我々はシングレット・フィッションを用いています。シングレット・フィッションは1つの一重項励起子が2つの三重項励起子に分かれる現象で、TTAを用いたフォトン・アップコンバージョンの逆過程です。1つの光子から2つの励起子(電子)を取り出すことが出来るため、太陽電池の効率を飛躍的に向上させるとして期待され、世界中で盛んに研究が行われています。

【これまでの研究例】
光検出可能なクインテット量子ビット:ChemRxiv, 10.26434/chemrxiv.15001885/v1.
長いクインテットのコヒーレンス時間を示すマクロサイクリック色素ダイマー:J. Am. Chem. Soc., 2024, 146, 25527–25535.
量子センシングに関するカバーピクチャー
超核偏極

NMRやMRIは現代の化学や生物学、医学などに欠かせない測定技術ですが、極めて感度が低いという致命的な欠点があります。そのため、MRIでは生体中に豊富に存在する水しか観測できず、NMRでは細胞中に存在するタンパク質は濃度が低いため観測が困難です。そこでMRIやNMRを室温で高感度化する手法の一つに分子の光励起三重項を利用するtriplet-DNP (DNP: dynamic nuclear polarization)があります。
しかし、このtriplet-DNPは主に量子物理の分野において単結晶を用いて研究され、バイオロジーへの応用が困難でした。そこで我々はtriplet-DNPの量子物理に材料化学を融合するという独自のアプローチにより、生体分子に偏極を移行することが可能なナノ材料や、水や生体分子に直接分散して偏極できるオリジナルな偏極源の開発に成功してきました。
世界中のMRIやNMRに併設される超高感度化システムを創ることでイノベーションを起こすことが我々の目標です。
1. 材料化学の導入:比表面積の大きなナノ材料の利用
従来のtriplet-DNPの研究では密な有機結晶が用いられてきましたが、偏極したいターゲット分子をその結晶中に導入できないため、高感度化が困難でした。我々は材料化学者として比表面積の大きなナノ材料をtriplet-DNPの分野に導入してきました。多孔性金属錯体(metal-organic frameworks, MOFs)やナノ結晶のtriplet-DNPに世界で初めて成功し、生体分子や水を室温かつ連続的に高核偏極化することに挑戦しています。


【これまでの研究例】
MOFのtriplet-DNP:J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 15606-15610.
MOF中のゲスト薬剤のtriplet-DNP:Angew. Chem. Int. Ed. 2022, 61, e202115792.
液体の水のDNP:J. Am. Chem. Soc. 2022, 144, 18023-18029.
2. オリジナルな偏極源:生体分子や水の高感度化を可能に
従来のtriplet-DNPでは主に市販のペンタセンのみが偏極源として用いられてきましたが、ペンタセンは空気中で不安定であり、また溶媒にもほとんど溶けないという欠点がありました。そこで我々は化学者としてペンタセンでない偏極源を合成・開発してきました。電子吸引性の窒素原子を入れることで空気中で安定な偏極源を初めて開発し、水溶性の偏極源を合成することで氷のtriplet-DNPにも初めて成功しました。また、ポルフィリン誘導体を生体適合性偏極源として用い、生体分子のtriplet-DNPにも初めて成功しました。


【これまでの研究例】
空気中で安定な偏極源:J. Phys. Chem. Lett. 2019, 10, 2208-2213.
水溶性偏極源:Chem. Commun. 2020, 56, 3717-3720.
生体分子のtriplet-DNP:J. Phys. Chem. Lett. 2021, 12, 2645-2650.
クインテット状態を用いたDNP:Nature Commun. 2023, 14, 1056.
癌MRIプローブであるピルビン酸のtriplet-DNP:Chem. Sci., 2023, 14, 13842-13850.
配向に依存しない新規triplet偏極源:Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 2023, 120, e2307926120.
超核偏極に関する動画
Triplet Dynamic Nuclear Polarization | Prof. Nobuhiro Yanai | Session 66
https://www.youtube.com/watch?v=naHEyQUiHeY
【最先端研究】量子の力で生体分析!?シングレット・フィッションを用いたNMR感度の増大
https://www.youtube.com/watch?v=hyeMtVN8mZg
第3回 けむすい論文紹介対談 九大院工 楊井 伸浩 先生・九大院理 宮田 潔志 先生
https://www.youtube.com/watch?v=ueV-Tim__7I
Nobuhiro Yanai – Material chemistry of triplet-DNP
https://www.youtube.com/watch?v=KR9pyShQq7c
超核偏極に関するカバーピクチャー
アップコンバージョン

フォトン・アップコンバージョンとは、長波長の低エネルギー光を短波長の高エネルギー光に変換する波長変換技術です。長寿命な分子の光励起三重項を利用することで、太陽光のような弱い強度の光を高効率にアップコンバージョンすることが可能です。これは他の方法では達成が困難であり、分子ならではの光機能であると言えます。
我々はフォトン・アップコンバージョンの研究を2012年より開始し、以下の2つの方向性を打ち出してきました。これからも「フォトン・アップコンバージョンが身の回りに溢れる世界」という目標に向かって、革新的かつ実用的な材料開発に取り組んでいきます。
1. 新しい機構の提案:分子拡散からエネルギーマイグレーションへ
従来のフォトン・アップコンバージョンの研究では主に溶液中における分子拡散が用いられてきましたが、揮発性の有機溶媒が必要、厳密な脱酸素処理が必要、固相では拡散が制限される、といった課題がありました。そこで我々は分子拡散からエネルギー拡散への発想の転換を提案し、不揮発性液体、イオン液体、ゲル、超分子集合、ガラス、結晶という多様な集積系においてそのコンセプトを実証してきました。


【これまでの研究例】
共連続モノリス多孔体:Chem. Sci., 2024, 15, 11500 – 11506.
エポキシ樹脂:ACS Appl. Mater. Interfaces 2022, 14, 22771–22780.
ゼラチンゲル:J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 10848-10855.
結晶性薄膜:J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 8788-8796.
水中超分子:Chem. Sci, 2016, 7, 5224-5229.
イオン性液体:Angew. Chem. Int. Ed., 2015, 54, 11550-11554.
超分子ゲル:J. Am. Chem. Soc., 2015, 137, 1887-1894.
不揮発性液体:J. Am. Chem. Soc., 2013, 135, 19056-19059.
2. 新分子で困難を可能に:近赤外→可視、可視→紫外変換
近赤外→可視アップコンバージョンは太陽電池や光触媒などの再生可能エネルギー創出や、オプトジェネティクスや光線力学療法といった光生物学への応用において強く求められています。また、可視→紫外アップコンバージョンは人工光合成や環境浄化、抗菌・抗ウイルスへの応用が期待されています。
我々はS-T吸収を用いるという独自のアイデアにより、分子のみで高効率に近赤外光を可視光にアップコンバージョンすることに世界で初めて成功しました。分子系アップコンバージョンを用いた初めてのオプトジェネティクスも報告しました。
最近では可視→紫外アップコンバージョン色素の開発にも注力しており、太陽光や室内照明でも機能する新分子の開発に成功してきました。


【これまでの研究例】
S-T吸収を利用した近赤外→可視変換:J. Am. Chem. Soc., 2016, 138, 8702-8705.
近赤外→青アップコンバージョン:J. Mater. Chem. C. 2017, 5, 5063-5067.
近赤外→紫アップコンバージョン:Chem. Commun. 2020, 56, 7017-7020.
オプトジェネティクスへの応用:Angew. Chem. Int. Ed. 2019, 58, 17827-17833.
可視→紫外アップコンバージョン:Angew. Chem. Int. Ed. 2020, 60, 142-147.
重金属フリー可視→紫外UC:J. Mater. Chem. C 2022, 10, 4558.
九州大学のポッドキャスト『知ノベーション』でフォトン・アップコンバージョン技術を用いたスタートアップへの挑戦に関してインタビューして頂きました!
1 コーディネーター古澤様
https://traffic.megaphone.fm/ACC6388332689.mp3…
2 楊井、宇治 その1
https://traffic.megaphone.fm/ACC3595818953.mp3…
3 楊井、宇治 その2
https://traffic.megaphone.fm/ACC1569902270.mp3…

アップコンバージョンに関する動画
高い光エネルギーを生み出す不思議な発光現象、”フォトン・アップコンバージョン”とは?【出前授業】
https://www.youtube.com/watch?v=U7Hj7TEWxmM
楊井 伸浩 准教授(九州大・工)「トリプレットの機能化学」
https://www.youtube.com/watch?v=TvcBkmCbU7g
【講演会】光機能性材料でエネルギー、バイオ分野に革新を:
アップコンバージョンと超核偏極(楊井伸浩 氏)
https://www.youtube.com/watch?v=Nbtg80hMotE
APC2021 Nobuhiro Yanai
https://www.youtube.com/watch?v=y0VeFak_bBo
Control of Exciton Dynamics for Efficient Photon Upconversion in Solid Materials
https://www.youtube.com/watch?v=kNH4C9O4Bv4
NIR-to-violet photon upconversion
https://www.youtube.com/watch?v=zhLVw5vX0Pk

















